農地の相続における納税猶予の活用
被相続人が農家の場合など、所有している農地を相続により引き継ぐ際に一定の条件を満たすことで、対象の農地に対する相続税の納税猶予が受けられる場合があります。
対象の農地が非常に広い面積であったり、数が多かったり、市街化区域の農地であったりすると、その評価額は高額になるため、高い相続税について納税猶予が受けられるとなると、相続対策としてとても効果が大きいものになります。
納税猶予と言っても、更に一定の条件を満たすことで、猶予されていた税額が免除になるため、上手く活用すれば実質免税になるという素晴らしい特例です。
相続対策としてどのようなケースで活用できるのか、ご親族が農地をお持ちの方は今一度ご確認ください。
農地に係る納税猶予の特例は、贈与した場合にも適用することができますが、相続トラブルが起こりそうな状況を除けば、相続税の納税猶予のほうが望ましいです。
「農地の贈与における納税猶予の活用」 も併せてご覧ください。
【農地を相続した場合の納税猶予の特例】
・概要
農業を営んでいた被相続人又は特定貸付けを行っていた被相続人から一定の相続人が一定の農地等を相続や遺贈によって取得し、農業を営む場合又は特定貸付けを行う場合には、一定の要件の下にその取得した農地等の価額のうち農業投資価格による価額を超える部分に対応する相続税額は、その取得した農地等について相続人が農業の継続又は特定貸付けを行っている場合に限り、その納税が猶予されます(猶予される相続税額を「農地等納税猶予税額」といいます。)。 なお、相続時精算課税に係る贈与によって取得した農地等については、この特例の適用を受けることはできません。(一部省略)
国税庁 農業相続人が農地等を相続した場合の納税猶予の特例
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4147.htm(2019年1月22日)
農地を相続や遺贈によって取得したとき、一定の要件を満たす場合には、相続税の納税が猶予されます。
猶予される相続税の金額の算定にあたって、国税庁が毎年7月あたりに公表する財産評価基準書「路線価図・評価倍率表」の農業投資価格の金額表に、農地等についての相続税の納税猶予額の算定の基礎となる金額が記載されます。
農業投資価格とは、農地等が恒久的に農業用に使われる場合に、通常の取引が成立する価格として公示された価格で、通常の宅地評価額の数十から数百分の一の水準になっています。
この農業投資価格の金額を超える部分に対応する相続税のみ猶予されるため、相続した農地全てに対する相続税が猶予を受けられる制度ではないものの、農業投資価格の金額は非常に低く設定されているため、少額の相続税は相続税の納期限までに納めなければならないことになります。
平成30年分の長野県の農業投資価格の金額は、以下のようになっています。
・田 10アール(1000㎡)あたり73万円
・畑 10アール(1000㎡)あたり49万円
市街化農地のような土地では、宅地並みの金額で課税されることもあり、納税猶予される相続税の金額が非常に大きいことが分かります。
・特例を受けるための要件
この特例を受けることができるのは、次の要件に該当する場合です。
(1) 被相続人の要件
次のいずれかに該当する人であること。
イ 死亡の日まで農業を営んでいた人
ロ 農地等の生前一括贈与をした人
ハ 死亡の日まで相続税の納税猶予の適用を受けていた農業相続人又は農地等の生前一括贈与の適用を受けていた受贈者で、障害、疾病などの事由により自己の農業の用に供することが困難な状態であるため賃借権等の設定による貸付けをし、税務署長に届出をした人
ニ 死亡の日まで特定貸付けを行っていた人
(2) 農業相続人の要件被相続人の相続人で、次のいずれかに該当する人であること。
イ 相続税の申告期限までに農業経営を開始し、その後も引き続き農業経営を行うと認められる人
ロ 農地等の生前一括贈与の特例の適用を受けた受贈者で、特例付加年金又は経営移譲年金の支給を受けるためその推定相続人の1人に対し農地等について使用貸借による権利を設定して、農業経営を移譲し、税務署長に届出をした人 贈与者の死亡の日後も引き続いてその推定相続人が農業経営を行うものに限ります。
ハ 農地等の生前一括贈与の特例の適用を受けた受贈者で、障害、疾病などの事由により自己の農業の用に供することが困難な状態であるため賃借権等の設定による貸付けをし、税務署長に届出をした人 贈与者の死亡後も引き続いて賃借権等の設定による貸付けを行うものに限ります。
ニ 相続税の申告期限までに特定貸付けを行った人(農地等の生前一括贈与の特例の適用を受けた受贈者である場合には、相続税の申告期限において特定貸付けを行っている人)
(3) 特例農地等の要件
次のいずれかに該当するものであり、相続税の期限内申告書にこの特例の適用を受ける旨が記載されたものであること。
イ 被相続人が農業の用に供していた農地等で相続税の申告期限までに遺産分割されたもの
ロ 被相続人が特定貸付けを行っていた農地又は採草放牧地で相続税の申告期限までに遺産分割されたもの
ハ 被相続人が営農困難時貸付けを行っていた農地等で相続税の申告期限までに遺産分割されたもの
ニ 被相続人から生前一括贈与により取得した農地等で被相続人の死亡の時まで贈与税の納税猶予又は納期限の延長の特例の適用を受けていたもの
ホ 相続や遺贈によって財産を取得した人が相続開始の年に被相続人から生前一括贈与を受けていたもの
国税庁 農業相続人が農地等を相続した場合の納税猶予の特例
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4147.htm(2019年1月22日)
特例を受けるための要件として、農地を所有していた被相続人、農地を相続する相続人、相続財産となる対象地、ごとに要件があります。
例外的な要件が多くあるため複雑に見えますが、農地に係る一般的な納税猶予は、農業を営んでいる親から子への事業承継のようなケースがほとんどであるため、必要要件は以下のようになることが多いです。
① 農地を所有していた被相続人 → 農業を営んでいること(特定貸付などを含む)
② 農地を相続する相続人 → 引き続き農業を営むこと(特定貸付などを含む)
③ 納税猶予となる対象地 → 遺産分割により相続した農地
基本的に、他人に農地を貸し付けているケースや、相続した農地を貸し付けるケースは納税猶予を受けることができません。
例外として、特定貸付という制度があり、農業経営基盤強化促進法の規定による一定の貸付けについては特例の適用が認められています。
特定貸付は、農業を行うことができない農家などが市町村と貸付協定を結び、農業委員会の承認を受け、農地を利用したい人へ貸し出す制度です。
ただし、この制度が使える農地は、市街化区域外の農地に限り、市街化区域内の生産緑地などは除外されていますので注意してください。
また、身体障害等により営農継続が困難となった場合に、農地等を貸付けることができる営農困難時貸付けという制度もあります。
これらの制度があることにより、相続人自身が農業ができないケースや高齢で農業ができない農家の所有する農地などにも特例の適用ができます。
また、相続税の申告期限までに遺産分割が済んでいない農地や、引き続き農業を営む相続人以外が相続した土地なども納税猶予を受けることができません。
そのため、農家の被相続人からもらった農地で相続人自身が引き続き農業を行ったり経営をする、というケースのみ、対象地となる農地に係る相続税の納税猶予を受けることができるという認識でいいでしょう。
・特例を受けるための手続き
⑴ 相続税の申告手続
相続税の申告書に所定の事項を記載し期限内に提出するとともに農地等納税猶予税額及び利子税の額に見合う担保を提供することが必要です。申告書には相続税の納税猶予に関する適格者証明書や担保関係書類など一定の書類を添付することが必要です。
⑵ 納税猶予期間中の継続届出
納税猶予期間中は相続税の申告期限から3年目ごとに、引き続いてこの特例の適用を受ける旨及び特例農地等に係る農業経営に関する事項等を記載した届出書(この届出書を「継続届出書」といいます。)を提出することが必要です。
国税庁 農業相続人が農地等を相続した場合の納税猶予の特例
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4147.htm(2019年1月22日)
相続税の申告期限までに各種書類や担保についても提出・提供する必要があります。
また、納税猶予を受けられたら終了というわけではなく、3年ごとに納税猶予の継続届出書や農業委員会の証明書を提出する必要がありますので注意してください。
・納税猶予額が免除される場合
⑴ 特例の適用を受けた農業相続人が死亡した場合
⑵ 特例の適用を受けた農業相続人が特例農地等(この特例の適用を受ける農地等をいいます。)の全部を租税特別措置法第70条の4の規定に基づき農業の後継者に生前一括贈与した場合
※ 特定貸付けを行っていない相続人に限ります。
⑶ 特例農地等のうちに平成3年1月1日において三大都市圏の特定市以外の区域内に所在する市街化区域内農地等について特例の適用を受けた場合において、当該適用を受けた農業相続人が相続税の申告書の提出期限の翌日から農業を20年間継続したとき(当該農地等に対応する農地等納税猶予税額の部分に限ります。)
※ 特例農地等のうちに都市営農農地等を有しない相続人に限ります。
国税庁 農業相続人が農地等を相続した場合の納税猶予の特例
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4147.htm(2019年1月22日)
特例により納税猶予を受けた相続税をゼロにする場合は、20年間引き続き農業をやる必要があります。
また、20年経過する前に納税猶予を受けている相続人が死亡した場合にも相続税がゼロになります。
ただし、特定貸付や営農困難時貸付けなどにより特例を受けた場合は、20年営農継続による免除はなく、相続人が死亡した場合のみ相続税がゼロになりますので注意してください。
・納税猶予額を納付しなければならない場合
次のいずれかに該当することとなった場合には、その農地等納税猶予税額の全部又は一部を納付しなければなりません。
イ 特例農地等について、譲渡等があった場合
譲渡等には、譲渡、贈与若しくは転用のほか、地上権、永小作権、使用貸借による権利若しくは賃借権の設定(農用地利用集積計画に基づくもの等で一定の要件を満たすものを除きます。)若しくはこれらの権利の消滅又は耕作の放棄(農地について農地法第36条第1項の規定による勧告(農地が農地中間管理事業の推進に関する法律第2条第3項に規定する農地中間管理事業の事業実施地域外に所在する場合には、農業委員会等から所轄税務署長に対し、農地が利用意向調査に係るものであって、農地法第36条第1項各号に該当する旨の通知をするときにおけるその通知をいいます。)があったことをいいます。)も含まれます。
ロ 特例農地等に係る農業経営を廃止した場合
ハ 継続届出書の提出がなかった場合
ニ 担保価値が減少したことなどにより、増担保又は担保の変更を求められた場合で、その求めに応じなかったとき
ホ 都市営農農地等について生産緑地法の規定による買取りの申出又は指定の解除があった場合や都市計画の変更等により特例農地等が特定市街化区域農地等に該当することとなった場合(都市計画法第8条第1項第1号に掲げる田園住居地域内にある農地でなくなり、特定市街化区域農地等に該当することとなった場合は除きます。)
ヘ 特例の適用を受けている準農地について、申告期限後10年を経過する日までに農業の用に供していない場合
国税庁 農業相続人が農地等を相続した場合の納税猶予の特例
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4147.htm(2019年1月22日)
納税猶予された相続税を支払わなければならない場合として、納税猶予を受けている農地の譲渡・転用などをすることによって農家をやめてしまうケースがあります。
また、納税猶予を受け続けるために必要な手続きである継続届出書の提出がなかった場合にも納税猶予が打ち切られてしまいます。
いずれも農地を手放した日や農地ではなくなった日が納付期限になります。
納税猶予額の納付と併せて、納税猶予を受けた期間に対する利子税も納付する必要があります。
利子税は、年3.6%(都市圏は年6.6%の場合もあり)と高いため、納税猶予を受けることを検討している人や注意してください。
以上より、農地に係る相続税の納税猶予の特例は、一定の条件を満たすことで相続税が免除される特例であることが分かります。
この特例が使えるケースとして簡潔にまとめると、以下のようになります。
・農業をしていた人から農地を相続して引き続き農業を行う場合(特定貸付などを含む)
・相続税の申告期限までに所定の手続きを行う
・3年ごとに納税猶予の継続届出書等を提出し、20年間農業を行う(特定貸付などの場合は死亡時まで所有すること)
これらの条件を満たすことで相続税が免除されるため、主に次世代へ農業を引き継ぐ事業承継のような場合などにはとても活用できる制度となっています。
また、市街化農地のような路線価地区で宅地並み課税がされるような農地や、農地転用ができる農地などは、倍率地区の農地や市街化調整区域の農地と比較すると相続税評価額が非常に高くなることもあります。
宅地に転用できるような価値の高い農地を相続するために相続税を多く納めることもあります。
そのようなケースにも、納税猶予の特例が適用できるのであれば大きな節税効果があります。
20年間相続人である自分が専業農家になることが困難でも、自ら農業経営を行う兼業農家として親や親族を雇って農業をしてもらうのも納税猶予を受ける上では有効でしょう。
納税猶予されていた相続税が免除になったら、農地転用して自宅にするにも賃貸アパートにするにも自由にすることができます。
20年間農業を続けることはなかなかハードルが高いですが、受けられる恩恵は非常に大きいので該当する方は是非検討してください。
【まとめ】
農地の相続による納税猶予は、適用できるケースはある程度限定的であるものの、とても大きな節税効果があります。
家族経営しているような専業農家は、必ずと言ってもいいほど適用できる特例なので必要な手続きなどよく理解しておくことが望ましいでしょう。
また、農業とは全くかけ離れた相続人でも適用できるケースもありますので、専門家に相談することが望ましいです。
もし、兼業農家になれるようであれば、農業は事業所得となり給与所得などと損益通算が可能ですので、その点でも非常にメリットがあります。
農地転用を考えているケースでも、20年間農業を行うことで高い相続税を大幅に減額することも可能なので、検討してみるのも一つの手段だと考えます。
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