遺産分割の流れと代償分割を勧める理由 ②
相続人の方々が、最も不安に思われることはおそらく被相続人が残した財産をうまく分けることができるか、ということと、どれだけの費用がかかってしまうのか、ということだと思います。
どのように財産を引き継いでもらいたいのか、その上でできるだけ多くの財産を残せる方法を皆さんと一緒に考えて提案することが会計事務所・税理士の仕事です。
遺産分割にもいくつかの方法があり、必要な手続きもあります。
どのように遺産分割を始めるか、どのように遺産分割してもらうことがよいか、基本的な情報を紹介します。
また、分割方法の中に代償分割という分割方法がありますが、なぜ代償分割を勧めるのか、その活用方法を取り上げたいと思います。
遺産分割の流れと代償分割を勧める理由 ① の続きとなります。
こちらでは、遺産分割の実際の手続きの流れや分割方法、代償分割による手続上のメリットなどを紹介していますので併せてご覧ください。
【代償分割を勧める理由】
・税金面の負担を減らす
代償分割を行うことによって、相続税などの費用を減らすことができる場合があります。
例として、遺産分割協議後に相続財産として
A銀行の預貯金 45000万円
自社株 15000万円(被相続人が代表、長男のみ後継者)
自宅 15000万円(売却予定額、妻・長男が住んでいる <家なき子該当なし>)
合計 75000万円
を妻・長男・次男の3人で均等取得するケースを考えます。
(便宜上、一部省略し金額を大きくしています)
単純に均等取得するケースでは、A銀行の預貯金と自社株は現物分割により預貯金15000万円、自社株5000万円ずつ3人に分けられます。
自宅は、共有名義にして5000万円分ずつ持分を所有します。
もし、換価分割により換価した場合は5000万円ずつ3人に分けられます。
相続税の計算過程は、以下のようになります。
妻・長男・次男
・A銀行の預貯金 各15000万円
・自社株 各5000万円
・自宅持分 各5000万円
合計 各25000万円
評価前財産合計額 75000万円
財産控除額
・自宅 5000万円×80%(小規模宅地等の特例)×2/3(妻・長男の持分)=2670万円
評価後財産合計額 72330万円(一人当たり24110万円)
課税遺産総額
72330万円-4800万円(基礎控除)=67530万円
各法定相続人ごとの算出税額
妻 67530万円×1/2(×50%-4200万円<相続税率>)=12680万円
長男 67530万円×1/4(×40%-1700万円<相続税率>)=5050万円
次男 67530万円×1/4(×40%-1700万円<相続税率>)=5050万円
相続税の総額(税額控除前) 22780万円
一人当たりの税額 約7590万円
実際の納付税額について
妻
7590万円から配偶者控除による税額軽減をした金額が実際の納付額になります。
妻の取得分は、法定相続分よりも少ないため、相続税額は0円になります。
自宅を売却する際には、持分割合に対して3000万円の居住用財産の売却の特例が適用できます。
補足として、換価する場合にも配偶者のみ居住用財産の売却の特例が適用できます。
長男
実際の納付額は、7590万円になります。
ただし、事業承継について後継者である長男は自社株の持分割合に対して100%(約1550万円)の納税猶予が受けられます。
また、自宅を売却する際には、持分割合に対して3000万円の居住用財産の売却の特例が適用できます。
補足として、申告期限前に換価してしまうと長男は居住用財産の売却の特例が適用できません。
次男
実際の納付額は、7590万円になります。
事業承継について後継者ではないため納税猶予は受けられません。
また、自分が住んでいない家であるため居住用財産の売却の特例が適用できません。
長男を遺産分割の代表者として代償分割するケースでは、長男が75000万円分のすべての財産を取得して、長男がその相続の代償として妻、次男に25000万円ずつ支払うことができます。
相続税の計算過程は、以下のようになります。
長男
・A銀行の預貯金 45000万円
・自社株 15000万円
・自宅 15000万円
・代償金 -50000万円
合計 25000万円
妻・次男
・代償金 各25000万円
合計 各25000万円
評価前財産合計額 75000万円
財産控除額
・自宅 5000万円×80%(小規模宅地等の特例)×3/3(長男の持分)=4000万円
評価後財産合計額 71000万円(一人当たり23660万円)
課税遺産総額
71000万円-4800万円(基礎控除)=66200万円
各法定相続人ごとの算出税額
妻 66200万円×1/2(×50%-4200万円<相続税率>)=12350万円
長男 66200万円×1/4(×40%-1700万円<相続税率>)=4920万円
次男 66200万円×1/4(×40%-1700万円<相続税率>)=4920万円
相続税の総額(税額控除前) 22190万円
一人当たりの税額 約7400万円
実際の納付税額について
妻
7400万円から配偶者控除による税額軽減をした金額が実際の納付額になります。
妻の取得分は、法定相続分よりも少ないため、相続税額は0円になります。
補足として、換価する場合には配偶者のみ居住用財産の売却の特例が適用できます。
代償金は、妻固有の債権となるため、長男から受け取ることができます。
長男
実際の納付額は、7400万円になります。
ただし、事業承継について後継者である長男は自社株の100%(約4660万円)の納税猶予が受けられます。
また、自宅を売却する際には、3000万円の居住用財産の売却の特例が適用できます。
次男
実際の納付額は、7400万円になります。
代償金は、次男固有の債権となるため、長男から受け取ることができます。
上記例をもとに、単純に均等取得するケースから代償分割するケースに変更したとすると、次のような効果があります。
① 小規模宅地等の特例により一人当たりの相続税額が減少
小規模宅地等の特例の適用可能な該当者である兄が対象物である自宅をすべて相続することによって、自宅の評価額全てを一定の割合減額することができます。
小規模宅地等の特例による課税遺産総額の減少が、相続税総額を減少させ、一人当たりの相続税額が減少します。
本例では、次男が小規模宅地等の特例を適用できないために、代償分割したほうが税金面で有利となるケースとなりました。
補足として、妻を代表として取得しても同じ効果があります。
② 事業承継税制による納税猶予により納付すべき税額が減少
事業承継税制による納税猶予が適用可能な該当者である長男が対象物である自社株をすべて相続することによって、自社株に係る相続税について納税猶予することができます。
納税猶予といっても、納税者が死亡時まで株を保有していれば猶予されていた税額が免除になりますので、自社株に係る長男の相続税額分が減少します。
本例では、妻・次男が事業承継税制による納税猶予を適用できないために、代償分割したほうが税金面で有利となるケースとなりました。
補足として、納税猶予および税額免除という恩恵が長男のみであるため、代償分割により得した金額を分配するために妻・次男の代償金を上乗せすることも考えられます。
一方で、妻・次男が代償として受け取るキャッシュと比較して、売買・譲渡することに制約等がある自社株を相続した長男は相続税の負担について優遇されるべきという主張が通る場合も考えられます。
③ 居住用財産の売却の特例により納付すべき税額が減少
居住用財産の売却の特例が適用可能な該当者である長男が対象物である自宅をすべて相続することによって、自宅の売却時に係る譲渡所得を減額することができます。
居住用財産の売却の特例により譲渡所得が控除され、納付すべき所得税額が減少します。
しかし、譲渡益が出る場合は、売却代金を取得した長男のみ所得税が課税されることもあります。
本例では、次男が居住用財産の売却の特例を適用できないために、代償分割したほうが税金面で有利となるケースとなりました。
補足として、所得税の納税義務が発生する可能性があるのは自宅の所有者である長男のみであるため、代償分割により損した金額を補完するために妻・次男の代償金を減額することも考えられます。
また、換価または相続後売却する場合、妻についても居住用財産の売却の特例が適用可能です。
共有したケースでも、居住用財産の売却の特例が適用可能なのは妻・長男であるため、個々の持分に対する譲渡所得について個々に3000万円の控除が使えます。
代償分割のケースより売却時の全体の納税額は減少することも考えられますが、居住用財産の売却の特例が適用ができない次男については相続人同士が税負担が均等になるよう調整しない限りメリットはありません。
このように代償分割により相続する人を選択することで税金面で有利になる制度が適用できることがあります。
公平な相続を目指す場合、代償金の額は各相続人の税負担や取得する財産の優劣を考慮した上で決定されることが望ましいでしょう。
この他に代償分割が有利になるケースは、農業相続人が農地等を相続した場合の納税猶予の特例などが考えられます。
また、代償金の特性を活かして二次相続の税負担を軽減し、かつ二次相続の予定被相続人の資金を確保することができる場合もあります。
この特性とは、代償金が債務と同じように同意があればただちに支払わなくてもいいことと、相続財産から差し引きできることです。
例として、被相続人の夫の財産であるA銀行の預貯金、B銀行の預貯金、自宅(妻が住んでいる)を妻・長男・次男の3人のうち妻が全ての財産を相続(一次相続)し、10年後、妻が死亡したときの長男・次男の2人の相続(二次相続)のケースを考えます。
妻は自己資産がほとんどないため、通常通りの相続では、一次相続の際には妻が生活のために全ての財産を相続し、二次相続の際に妻の財産を長男・次男へ相続させるとします。
上記例のポイントをまとめると以下の通りです。
・一次相続では、今後、生活資金に困りそうである妻がA銀行の預貯金、B銀行の預貯金を相続することが望ましい
・一次相続では、税金面で小規模宅地等の特例を使える妻が自宅を相続することが望ましい
・一次相続では、配偶者の税額控除があるため妻にはほとんど相続税がかからない
・一次相続では、法定相続人が3人、二次相続では、法定相続人が2人のため基礎控除額は一次相続のほうが有利である
・二次相続では、長男・次男が要件を満たせば自宅に小規模宅地等の特例が使える
これらのことを踏まえ、代償分割するケースのほうが、通常の相続をするケースよりも税金面で有利になる場合があります。
具体的な方法としては、一次相続で妻が代償分割によりすべての財産であるA銀行の預貯金、B銀行の預貯金、自宅を相続して、長男・次男に一定額の代償金を支払う遺産分割をします。
一定額の代償金について、長男・次男は二次相続開始時まで債権として保有し、妻は債務として死亡時まで保有します。
これにより、上記例のポイントに沿い、妻は生活資金の確保できて、税金面等で優位な点をすべて満たすことができます。
『一定額』の代償金としたのは、一次相続・二次相続時の相続財産の金額や相続税がかかるかどうか、妻が死亡時までに財産をどれだけ使うかまたは増やすか、などの要因より代償金の額を調整し、一次相続・二次相続時の相続税の合計額を減少させるためです。
実務上よく見かける二次相続の問題として、一次相続時に相続税を減らす目的で配偶者の1億6000万円控除(又は法定相続分)という強力な税額控除を使うため配偶者に全財産を相続させたが、二次相続時に配偶者の財産が同等またはそれ以上になっていたために多額の相続税が発生してしまったというケースです。
このようなケースでは一次相続・二次相続時の相続税の合計額を減額させるためには、一次相続時に次世代である子などに一定額を相続させることが必要です。
上記例で長男・次男は、一次相続時に一定額の代償金を妻(母)の死亡時まで回収しない債権として受け取るため、一次相続時に代償金分の相続税はかかりますが、二次相続時に母は長男・次男への債務があるため相続する財産総額は代償金の分だけ減ることになり、相続税は減少するため一次相続・二次相続時の相続税の合計額は減る場合があります。
一次相続時に小規模宅地等の特例が使えるのが妻だけだということを考慮すると、二次相続時に妻の財産が一次相続と同等またはそれ以上になり相続税が多く出る場合は、
・適用できる特例がある
・法定相続人が減少する(一次相続のほうが多い)
・相続税率が下がる(二次相続時の相続財産が減る)
ことより、一次相続時に代償分割することが税金上有利であるといえるでしょう。
もう一つ有利な点として、自宅(不動産)の価値が下がることがあります。
上記例で、一次相続時に長男・次男はいずれ自宅を相続するのであれば代償金ではなく同じ価値分の自宅を相続すればいいという考えが想定されます。
妻が必要なのは生活資金であり、自宅の所有者が誰であろうとあまり関係がないからです。
これらについても、代償分割が有利であることが説明できます。
不動産(特に建物など)などは、年数が経つにつれて価値が下がっていくことが多いです。
自宅などの建物は、例えば建築時の価値が100としたら、10年経てば50、もう10年経てば20ほどの価値になっていることが多いです。
つまり、妻は配偶者の税額控除を使い相続税を減額し、二次相続までの経過年数による自宅の価値の減少分だけ二次相続時の長男・次男の相続税が安くなることがある、ということです。
ただし、不動産がマンションなどの収入を生み出すようなものなどの場合は、予定被相続人の妻の財産が増えてしまうおそれがありますので注意してください。
【まとめ】
相続手続きというのは、とても時間がかかるものです。
被相続人が亡くなられた後、たくさんのやるべきことがでてきますが実務上は案外繋がっていることが多いです。
葬儀後でなければなかなか遺産の話になりませんし、遺産分割で使う資料は申告や登記でも使うことがあります。
ご遺族の皆さまのお気持ちが少し落ち着きました頃でよろしいので、早め早めに準備して、相続を難しくしないようにすることがよいでしょう。
遺産分割に関しては、二つの観点が重要であると考えます。
一つは、実際にどの財産をどの予定相続人に引き渡したいかを考えることです。
これは、予定被相続人と予定相続人が話し合い考えることであると思います。
もう一つは、相続税・贈与税などの税金がどれだけかかり、どのように財産を動かしたり分けたりすればできるだけ多くの財産を予定相続人に残すことができるのか、税金などの費用面より財産処分としての分割方法を考えることです。
こちらは、予定被相続人と予定相続人の意思に沿ったうえで私たち会計事務所・税理士などの専門家を含めて話し合い考えることが望ましいと思います。
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